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岡山家庭裁判所 昭和62年(少)1681号 決定

少年 A・O(1969.4.30生)

主文

本件について、少年を保護処分に付さない。

理由

1  非行事実

本件記録中、司法警察員作成の送致書記載の犯罪事実と同一であるから、これを引用(編略)する。

2  適条

出入国管理及び難民認定法70条5号

3  少年の氏名及び生年月日についての判断

本件記録中のフイリピン政府発行とみられる旅券(少年の所持していたもの)によれば、その氏名はV・P・A、生年月日は1964年1月18日(23歳)であるとされている。

そして、同記録によれば、少年は昭和62年6月13日午後8時40分頃、前記法令違反事件の被疑者として現行犯逮捕されたうえ勾留され、以後取り調べを受けていたものであるが、その間、検察官に対する取り調べまでは、一貫して自己が前記旅券記載の者として供述し、したがって、その者としての取り調べを受け、成人としての取り扱いを受けていたものであるところ、同月22日に至って検察官による取り調べを受けた際、始めて自己が前記少年の氏名欄記載の氏名で、且つ同生年月日欄記載に出生したもの、すなわち未成年者である旨を供述したもので、これに沿ってその旨の調書が作成され(同日付検察官調書)、爾後は同氏名の者として、同時に「少年法」の対象となる少年としての処遇がなされてきたものであることが認められる。

〈1〉  そこで、まず、少年の氏名について判断する。

本件記録中の押収にかかるアドレス帳(昭和62年押第2号)及びメモ帳(同年押第3号)の各表紙の裏には、それぞれ「A・O」なる記載がなされていることが認められ、これはその記載の態様からみて、通常はその所有者であることの表示であるとみられること、前記検察官に対する供述以降は、当裁判所における観護措置に際しての人定質問をも含めて一貫して前記本名と称する氏名を名乗っており、その態度等からして特段不審と思われる点はないこと、本件記録中の検察官○○作成にかかる「報告書」と題する書面(昭和62年6月23日付)によれば、従前、検察庁において本件同様の罪名で処理した事件の中には、被疑者が指紋照会の結果、本邦に数回来日していることが明らかであるのに、その都度異なる氏名、生年月日のフィリピン共和国政府発行の、真正と思料される(外観上、偽造の形跡は全く認められず、フィリピン共和国政府の公印も押捺されている。)旅券を所持している場合が相当程度見受けられ、その被疑者らは、フィリピンにおいては、ある人物に自己の写真を渡し、手数料を支払えば、虚偽の氏名、生年月日の旅券を手に入れてくれる専門の業者がいる旨供述していることが認められ、これらの事実に当庁調査官○○作成の調査報告書並びに岡山少年鑑別所作成の鑑別結果通知書記載の事実等を総合判断すれば、少年の現時点における供述は、措信するに足るものというべきである。

よって、当裁判所は、少年をA・Oであると認定する(なお、念のため、本件記録中の鑑定書添付の写真と同一の、少年の写真を末尾に添付する(編略)。)。

〈2〉  次に少年の生年月日(少年が20歳未満の者に該当するかどうか)について判断する。

少年は、前記のとおり、検察官の取り調べにおいて、自己の生年月日を前記生年月日欄記載のとおりである旨供述し、以後は一貫してその旨を述べていること、鑑定人○○(岡山大学医学部法医学教室教授)作成にかかる鑑定書の鑑定結果(同鑑定によれば、智歯の状況《この点については学説上も諸説あり、また、現実にも智歯の発生は個人差が大きく、おおむね17ないし25歳であるが、不規則で一生萌出しない人さえあるが、本少年の場合は智歯を全く欠損し、萌芽もみられないので、一般的に言えば満20歳未満である可能性が大きいと言えること》、歯の咬耗度《この点も食習慣などによりかなり個人差があるものの、従来から年齢推定の重要な根拠とされており、全く咬耗度のない者が0で、これは15ないし20歳以下とされているところ、本少年の場合、詳細に咬、耗の検査をしたが、殆ど咬耗を認めなかったこと》等の事実及び全体の動作や話し振りが子供っぽく、羞恥心がかなり強いこと等の事実を総合判定して、同鑑定は少年を20歳未満であると判断している。)及び前記〈1〉において認定したフィリピンにおける旅券発行の実情その他同〈1〉において認定に供した証拠並びに諸般の事実を総合判断すると、生年月日についても、現時点における少年の供述は措信するに足るものというべきである。

よって、少年の生年月日についても、前記生年月日欄記載のとおりであると認定する。

4  処遇理由

本件記録によれば、少年は、諸般の事情から来日して稼働していたものであるが、現在は妊娠5か月(出産予定日は本年12月5日)の身であり、本国であるフィリピンへの帰国を強く希望し、かつ本件についても反省の意を表していること、少年に対しては、現在観護措置がとられ、少年鑑別所に収容されているところ、前記認定のとおり本邦への在留は前記法律に違反するため、当裁判所からも広島入国管理局に対し、その旨の連絡をなしているところ、同局において当裁判所における処分によっては直ちに引き取りに赴く旨述べていること、本件の事案の内容からして、特段、我国において何らかの処分をなす必要がないものと思料されること等諸般の事情に鑑みると、当裁判所は、少年について、本件については特段の処分をする必要はないものと判断する。

5  結論

よって、少年法23条2項を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 浅田登美子)

〔参考1〕 鑑別結果通知書〈省略〉

〔参考2〕 鑑定書

鑑定書

昭和62年7月8日岡山家庭裁判所裁判官浅田登美子氏は、岡山市鹿田町2丁目5番1号岡山大学医学部法医学教室において下記事項の鑑定を私に嘱託された。

鑑定事項

事件名昭和62年少第1681号

氏名 A・O

保護事件出入国管理及び難民認定法違反

上記の者は昭和62年7月8日現在満20才未満であるかどうか。

よって私はこれを承諾し、宣誓した上、同所において検査を行い、この鑑定書を作製した。

鑑定経過

1 まず氏名及び生年月日を紙に書かせた。これが正しいのであれば満18才ということになる。(添付(編略))

2 次に顔写真、上半身裸の写真、歯の写真を撮影した。(添付(編略))

3 対話をすると全体に動作や話しぶりが子供っぽく、羞恥心がかなり強い。妊娠4カ月とのことである。

4 身体の一般状況

身長153.5cm、体重43.3kg

頭毛は黒色、直毛で、眼も黒い。腋毛は少なくまばらである。やややせ型。

5 歯の検査

上顎右:第1外側を部分的に欠損。第4ブリッジ装着。第8欠損。他は残存し健。

上顎左:第4ブリッジ装着。第6セメント充てん。第8は欠損。他は残存し健。

下顎右:第6合金充てん。第8欠損。他は残存し健。

下顎左:第6、第7、第8欠損。他は残存し健。

すなわち智歯(第8)は4本とも欠損し、殆ど萌芽もない。

また全体の歯について、ミラーで詳細に検査するに咬耗は全く見られない。

6 智歯(第8)の発生についてはいろいろ報告があるが、いくつかをあげると石灰化開始9年、出齦18-25年。18-25年の間に出肉するが、人によって個人差が大きい。智歯の発生は17-25才であるが、不規則で一生萌出しない人さえある。

智歯は16年以後に発生し、男子において所有数と年齢は次の関係がある。

1本19-20才2本21-22才2.7本25年以上

いずれにしてもかなり個人差があるが、本件の場合智歯を全く欠損し萌芽も見られない。一般的に言えば満20才未満である可能性が大きいと言える。

7 歯の咬耗度

これも食習慣などによりかなり個人差があることは言うまでもないが、従来から年齢推定の重要な根拠とされている。殆どの法医学書にもれなく記載されている。咬耗の程度は0-4の5段階に分類され、全く咬耗のないものが0で、これは15-20才以下とされている。その後咬耗の程度を1-4として、それぞれ推定年齢がきめられている。

本件の場合、詳細に咬耗の有無を検査したが、殆ど咬耗を認めることは出来なかった。従って20才以下と判断された。

鑑定

昭和62年7月8日現在で20才未満である可能性が大と判断される。

昭和62年7月8日

鑑定人

岡山市鹿田町2丁目5番1号

岡山大学医学部法医学教室

教授

医学博士

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